「中東で何かが起きると、なぜ日本の株価まで動くのか」——ニュースを見ながら、そう感じたことはないでしょうか。2026年、米国・イスラエルによるイランへの攻撃を発端に中東情勢が急変し、ホルムズ海峡の封鎖、原油価格の急騰という、エネルギー市場が長年「最悪のシナリオ」として警戒してきた事態が現実になりました。

筆者は、かつて商品先物取引の外務員として5年間、原油をはじめとする商品市場の最前線に立ち、お客様の資産運用への助言、取引の発注、そしてリスク管理を担当してきました。その現場の経験を踏まえ、本記事では「地政学リスク」がどのように原油を動かし、巡り巡って日本株に伝わっていくのかを、できるだけかみ砕いて解説します。教科書的な説明だけでは見えてこない、相場の現場のリアルな視点もお伝えします。
① 地政学リスクとは — 相場が最も嫌う「読めない不確実性」

ニッケイちゃんの解説「地政学リスクっていうのは、戦争や政変みたいな“国と国の争いごと”が、経済や相場に与える不確実さのことだよ。相場がいちばん苦手なのは『読めないこと』なんだ!」
地政学リスクとは、紛争・政変・テロ・経済制裁といった、国際政治をめぐる出来事が経済や金融市場に与える影響のことを指します。相場の現場にいて痛感するのは、市場が最も嫌うのは「悪い材料」そのものよりも「先が読めないこと」だ、という事実です。業績の悪化や利上げのように、ある程度予測して織り込める材料と違い、地政学リスクは「いつ・どこまで・どうなるか」が誰にもわかりません。
この“底が見えない不確実性”こそが、相場を大きく揺らす正体です。だからこそ、ひとつの報道で原油や株価が乱高下するのです。
② なぜホルムズ海峡なのか — 世界と日本のエネルギーの大動脈

ニッケイちゃんの解説「ホルムズ海峡は、世界の原油のおよそ2割が通る“エネルギーの大動脈”なんだ。しかも日本は、中東からの原油にすごく頼っているんだよ。」
ホルムズ海峡は、ペルシャ湾とその外の海をつなぐ、最も狭いところで幅約33kmの海上の通り道です。サウジアラビア、UAE、イラク、イランなど主要産油国の原油やLNGの大部分がここを通過し、世界の海上原油貿易のおよそ2割(日量約2,000万バレル)がこの一点に集中しています。
ここが日本にとって決定的に重要なのは、日本が原油輸入の9割超を中東に依存し、そのほとんどがホルムズ海峡を経由しているからです。欧米は自国産原油や北海油田などで一定の代替が利きますが、日本にはその選択肢が乏しい。つまり、この一本の海峡が、日本のエネルギーの生命線になっているのです。
現場で商品を扱っていた立場から言えば、ここは世界で最も神経質に見られている「チョークポイント(戦略的要衝)」の一つでした。
③ 「封鎖」の正体 — 実は保険市場が止めていた

ニッケイちゃんの解説「“封鎖”って聞くと、海を物理的にふさいだみたいに思うよね。でも実際に船を止めたのは、なんと『保険』だったんだ!ここ、プロっぽいポイントだよ。
」
ここが、現場を知る人間として最もお伝えしたいポイントです。報道では「イランがホルムズ海峡を封鎖した」と語られますが、海峡を物理的にふさいだわけではありません。実際にタンカーを止めたのは、保険市場の動きでした。
攻撃と警告を受けて、大手の海上保険会社が「戦争リスク保険」の引き受けを停止すると、船主は万一の損害を自分で背負えなくなります。保険なしで巨大タンカーを通すことは、経済合理性の面で不可能です。その結果、世界の大手海運会社が相次いで通航を停止し、封鎖前は1日20隻超が通過していた原油タンカーが、ほぼゼロにまで落ち込みました。
物理的な砲撃よりも先に、「保険が下りない」という金融の論理が物流を止めた——これが相場の現場から見た“封鎖”の実像です。リスクの値段(保険料)が動いた瞬間に、実体経済が止まる。商品市場では、こうした金融と実物のつながりを常に意識していました。
ちなみに、原油の供給が断たれて経済が混乱する構図は、1970年代の二度のオイルショックと本質的に同じです。当時も、価格の高騰そのもの以上に「モノが入ってこない」という供給制約が、製造業の生産を止め、物価を押し上げました。半世紀を経ても、エネルギーの“蛇口”を握られることの怖さは変わっていない、というのが現場の実感です。
④ 原油はどう動いたか — 期近と期先に表れる市場の本音

ニッケイちゃんの解説「原油は一気に高騰したけど、実は“すぐ受け渡す分”と“先の分”で値段の動きが違ったんだ。そこに市場の本音が出るんだよ。」
地政学ショックを受けて、原油価格は近年の紛争時にないほどのスピードで急騰しました。指標となるブレント原油は4年ぶりに1バレル100ドルを突破し、ピークでは126ドルに達しています。その後も、停戦合意の報道が出れば急落し、交渉が難航すれば再び上昇する、という乱高下が続きました。
WTI原油も、おおむね90ドルから110ドルの広いレンジで激しく振れています。
ここで、先物市場を扱っていた立場ならではの見方を一つ。原油先物には、すぐ受け渡す「期近(きぢか)」と、何か月も先に受け渡す「期先(きさき)」があります。今回の局面では、期近の価格が急騰する一方で、期先の価格は比較的抑えられていました。
これは、市場が「混乱は深刻だが、永久には続かない」と見ていたことを意味します。目先のパニックと、市場の冷静な長期予想は、必ずしも一致しない。期近だけを見て慌てるのではなく、期先まで含めた“カーブ全体”を見るのが、現場の基本動作でした。
なお、今後の見通しについては、証券会社などが複数のシナリオを示しています。たとえば悲観シナリオでは、迂回ルートも十分に機能せず、WTIが1バレル100〜110ドルで高止まりする可能性が指摘されます。一方、楽観シナリオでも、原油が攻撃前の60ドル台まで戻るには1年以上かかるとの試算が出ています。
産油施設の損傷や復旧ペースに不確実性が大きく、情勢が改善してもすぐに元通りにはならない、という冷静な見方です。
⑤ 地政学リスクが日本株に伝わる経路 — 直接ではなく「コスト・物価・心理」を通じて

ニッケイちゃんの解説「原油が上がると、どうして株が動くの? 実は“直接”じゃなくて、コストや物価、それに投資家の気持ちを通じて伝わっていくんだ。」
地政学リスクが日本株に効くのは、直接ではなく、いくつかの経路を通じてです。第一に、企業のコストです。原油やナフサ(石油化学の原料)の高騰は、製造業や運輸、化学、電力などのコストを押し上げ、採算を悪化させます。
実際、今回の局面でも、ポリ袋や化粧品原料などで相次いで値上げが発表されました。第二に、物価です。エネルギー高は消費者物価を押し上げ、家計の負担を重くします。
試算では、原油高が消費者物価を年0.6〜0.8%押し上げるとの見方もあります。第三に、投資家心理です。先の読めない情勢は「リスクオフ(リスク回避)」を呼び、株が売られ、安全資産とされる円や金が買われやすくなります。
原油高は、この3つの経路を通じてじわじわと、あるいは一気に、株価へ波及していくのです。
マクロで見ると、内閣府のモデルでは、原油価格が50%上昇すると実質GDPを0.25〜0.50%ポイント押し下げるとされ、景気への下押し圧力は決して小さくありません。
もっとも、日本は無防備なわけではありません。国として約8か月分(200日を超える日数)の石油備蓄を持ち、産油国との共同備蓄も組み合わせています。今回の局面でも、政府は「激変緩和措置」として補助金を投じ、本来なら1リットル200円を超えていたレギュラーガソリンを170円程度に抑えました。
また、LNG(液化天然ガス)は原油よりも調達先の多角化が進んでおり、中東依存度は約1割にとどまります。こうした“備え”があるからこそ、供給ショックの衝撃は、ある程度まで和らげられているのです。
⑥ 長期で見ると、原油と日経の相関は実は低い

ニッケイちゃんの解説「ここ、すごく大事! ニュースだと“原油で株が動いた”って言われるけど、長い目で見ると、原油と日経平均ってあんまり連動してないんだよ。」
最後に、お客様にいつもお伝えしていた、いちばん冷静な視点です。日経平均は、短期的にはイラン情勢の報道や原油の動きに敏感に反応します。けれども、長期のデータで検証すると、原油価格と日経平均の相関は実はとても低いのです。
ある分析では、WTI原油と日経平均の相関はわずか0.15程度にとどまるとされています。
これは何を意味するか。地政学リスクや原油高は、確かにその日その週の値動きを大きく揺らしますが、株価を長期的に決めるのは、あくまで企業の業績や経済全体の力だということです。現場で何度も見てきたのは、目先のニュースに振り回されて高値づかみ・狼狽売りをしてしまう失敗でした。
短期の嵐と、長期の流れを切り分けて考える——これが、地政学リスクと付き合ううえで最も大切な姿勢です。
⑦ 現場の目線:こういう局面でプロはどう構えるか

ニッケイちゃんの解説「最後に、プロが荒れ相場でどう構えるか。あわてず、欲ばらず、長い目で。これが鉄則だね!
」
リスク管理を担当していた立場から、地政学ショックのような荒れ相場での心構えを3つだけ挙げます。第一に、報道の真偽と“織り込み度合い”を見極めること。相場はしばしば、事実そのものより「事前にどこまで織り込んでいたか」で動きます。
停戦の一報で原油が急落したのも、すでに高値まで買われていた反動でした。第二に、ポジションを大きくしすぎないこと。先の読めない局面で大きく賭けるのは、最も避けるべき行動です。
第三に、長期の軸を失わないこと。前章のとおり、短期の値動きと長期の方向性は別物です。慌てず、欲ばらず、長い目で——地味ですが、これが現場で生き残るための鉄則でした。
⑧ 数字の裏側 — 現場で起きていたこと

ニッケイちゃんの解説「ニュースの数字の裏では、現場の人たちがすごく細かいコストやリスクと格闘してるんだ。プロの世界をのぞいてみよう!」
相場の数字の裏側では、地味だが切実なコスト計算が動いていました。たとえば、ホルムズ海峡を通る船にかかる「戦争リスク保険料率」は、危機が高まると船体価額の0.1%台から0.2〜0.4%へと跳ね上がります。超大型タンカー1隻あたりに直すと、1航海でおよそ25万ドル規模の追加負担です。
こうしたコストは、巡り巡って、ガソリンや電気料金として私たちの生活に乗ってきます。市場の価格は、こうした無数の現場の判断の積み重ねでできているのです。
現場で顧客対応をしていて痛感したのは、こうした局面で個人投資家がいちばん損をしやすいのは「ニュースの見出しに反応して、高いところで買い、安いところで投げてしまう」パターンだということです。情報が錯綜し、価格が乱高下する局面ほど、冷静さが資産を守ります。プロが本当に恐れるのは、価格の変動そのものではなく、その変動に振り回されて判断を誤ることでした。
まとめ

地政学リスクとは、紛争や政変がもたらす「読めない不確実性」であり、相場が最も嫌うものです。ホルムズ海峡は世界の原油の約2割が通る要衝で、原油輸入の9割超を中東に頼る日本にとっては生命線にあたります。今回の“封鎖”の実態は、物理的な閉鎖というより、戦争リスク保険の停止が物流を止めた金融的な現象でした。
原油は急騰と乱高下を繰り返しましたが、期先価格は比較的落ち着いており、市場は「永続はしない」と見ていました。そして地政学リスクは、コスト・物価・投資家心理という経路を通じて日本株に波及します。ただし、長期で見れば原油と日経の相関は低く、株価を最終的に決めるのは企業の実力です。
短期の嵐に振り回されず、長期の軸を持つこと。これが、現場で相場を見てきた人間からの、いちばんのメッセージです。ニュースに一喜一憂せず、エネルギーと相場のつながりを仕組みから理解しておくことが、こうした不確実な局面を落ち着いて乗り切るための、何よりの力になります。
よくある質問
Q. 地政学リスクとは何ですか?
A. 紛争・政変・テロ・経済制裁など、国際政治をめぐる出来事が経済や金融市場に与える影響のことです。相場は「悪い材料」以上に「先が読めないこと」を嫌うため、地政学リスクは値動きを大きく揺らします。
Q. なぜホルムズ海峡が重要なのですか?
A. 世界の海上原油貿易の約2割がこの海峡を通過し、日本は原油輸入の9割超を中東に依存しているためです。日本にとってはエネルギーの大動脈であり、ここが滞ると供給とコストの両面で打撃を受けます。
Q. 原油が上がると必ず株は下がりますか?
A. いいえ。短期的には原油高が投資家心理やコストを通じて株価の重しになることがありますが、長期で見ると原油価格と日経平均の相関は低く、株価を最終的に決めるのは企業の業績や経済全体の力です。
Q. 荒れ相場ではどう構えればよいですか?
A. 報道の織り込み度合いを見極めること、ポジションを大きくしすぎないこと、長期の軸を失わないことが基本です。目先のニュースで慌てて売買すると、高値づかみや狼狽売りにつながりやすくなります。
※本記事は2026年時点の市場環境に基づく情報提供を目的としたものであり、特定の銘柄や投資手法を推奨するもの、または投資助言を目的としたものではありません。相場や情勢の見通しはあくまで一つの見方であり、将来を保証するものではありません。投資に関する最終的な判断は、ご自身の責任において行ってください。





